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2008年11月23日 (日)

『読書進化論』を読んで

「本を読んだら賢くなるよ。」小さい頃からよく言われること。本を読むだけで大人が褒めたりするのもよくあることで、本を読むと賢くなるんだ、本を読むことはいいことなんだ、と小さい頃から今に至るまで、ずっと思い込んで何気なく読んでいた。ある本を一冊読むとき、その本で一体どう賢くなるのか、その本を何のために本を読むのかなんて真剣に考えたことがなかったと思う。敢えて自分が何を思って本を手に取っていたかを思い出してみると、題名や書評から、もしかしたらいいことかいてあるかも?と思ったり、読んでる時間が楽しいものになるかも?程度のことしかない。賢くなるとは、「読んだ本の成果は仕事や生活で活用しなければならない。」「努力を報われる環境を作る。」と勝間さんの書かれていることが1つの答えだと思う。他人が書いたものを読むという受動的な状態から、意識的に活用する、作る、能動的に行動しないと賢くはならないということである。私は3年前に出産して以来、自分の時間が思うようにとれなくなり身動きが取れないような息苦しさを感じ続けていた。本質が一体何かさえわかっていない、この問題の答えが書かれていないかと隙間の時間でも本に手を伸ばすようになったが、実際のところ何一つ改善していない。「何か自分の問題にぴったりのいいこと書いてないかなぁ」程度の意識で読んで、なるほどと思ったこともどうやったら実行に移せるかなんてほとんど考えたことがないのが原因なのだと感じた。

 『読書進化論』を読み進めるに従い、本当に私は時間の無駄遣いをしてきたことを実感する。文中に出てきた『非常識な成功法則』『フォトリーディング』『七つの習慣』も以前に読んだことのある本なのでまた読み直そうと本棚を探ると、「私を進化させた20人の著者」に出てきた『加藤諦三』氏、この人の本は読んだことないと思っていたのに実は持っていた。また、最近マインドマップに興味を持ち『マインドマップが本当に使いこなせる本』を購入したが『人生に奇跡を起こすノート術―マインド・マップ放射思考』をかなり昔に購入していたことが判明し、ひっくり返りそうになった。持っていることすら覚えていない、「読んだだけ」で終わらせている何よりの証拠である。購入当時から活用を始めていたら、今頃著者の言う「ベストセラー連発」くらい私にとって嬉しいことが起こっていたに違いないが、現実はその嬉しいことはどんなことかということすら自分で分っていない。そして無駄なことをしていたのは本の読み方だけではないことも判明する。まずはパソコンについて。中学生の頃ファミコンが流行っていて、それに対応するキーボードを接続しパソコンのようなことが出来ることに興味を持ち親に買ってもらったが、説明書を見て音楽やらゲーム作りのようなことを一通り確認したらそれで終わり。現在パソコンの複雑な設定などは全くできない。著者はブログなどで色々かなり詳しく書かれていて、実生活に役立つものにされていることがわかる。パソコン通信も、学生時代に母親のワープロがモデムを繋ぐと通信出来る仕様であったので始めた。しかしやったことと言えば、分からないことをフォーラムで質問したり、大学の大型コンピュータへニフティ経由でリモート操作できることが判ったので少しコンピュータを操作するためだけなら大学へ行かなくて済むという程度の活用をしていただけであった。著者はムギ畑を立ち上げられているが、私は自分でフォーラムを立ち上げるなんて思いつきもしなかったことである。

 私の時間の使い方は無駄だと認識することばかりであるが、無駄でなかったと思える点が1つあった。たくさん読むほど「物語の構造」、つまり相手が何を言ってるかがわかるようになり、「著者の体験を疑似体験できるようになる」「目的意識を持って読めるようになる」ということである。無駄に読んできた時間でも、少なくとも読む訓練にはなっているのだと。本の活用を意識していないだけでなく、「目からうろこ」になる地盤が現在の私に充分ないのも本を活用できていない一因と考えられる。実際数年前『七つの習慣』を読んだときは恥ずかしながらよく分からなかったというのが正直な感想。どの程度分かるようになっているか近々読み直したいと思う。活用することばかりを意識すると、学生時代に使っていた問題集をするような鬱陶しさも感じられる(公式や定理等の説明を読んで、その次に文章題などの例題があってこんなふうに活用すると分かるのに似ていると思ったので。)。問題集を解くほどの気力がないときにでも、読む訓練になるのだから時間があればとにかく読む、地盤が固めにもっと読書をしようと改めて思う。

 『読書進化論』を早速どう活用するかここで述べてみようと思う。まずは何のために読むのかや活用することを意識して読むこと。具体的には、これまで本を読むとき線を引いたり折り目をつけることさえしていなかったので、まずはそれをする。それで印をつけた部分に関して考えたことなどをブログに書く。たくさん書けば「自然とある程度完成された文章で出てくる」というのも書くことや話すことがあまり得意とは言えない私には魅力である。それらと「常に考える訓練」を意識することで読書以外のことも何のためにするかを考えることへ繋がり「思考の様式としての習慣化」ができたらと思う。そして活用するだけでなく、生活の中で自分から提案ができるようになれば私にとっての「ベストセラー連発」くらいの嬉しいことになるのでは?と漠然と考えている。「常に考える訓練」をする方法は今のところ具体性がないので、そのためにまた本を読んでいこうと思う。(回ってる?これが「ポジティ・フィードッバク・ループ」?自分の中だけだし、小さいけれど・・・)それからやっぱり大きく頭を占めているのが子供へどう接するか。まだ字が読めないので、本をたくさん読んでやること、これは多くの親が実践していることと思う。そして自分で読むようになってきたら、大人の本や広辞苑や百科事典も手の届くところに置いておこうと思う。著者は幼稚園の頃から自分で読んでいたとあったが、どうしたらそんな子供になるのか、環境によるものか素質によるものかわからない。従って、チャンスとして手に届くところに置いておくのが親としてできることとなる。読書以外では、不可解なことをしたときも何のためにそのようなことをしたか尋ねる、叱るときも何のために叱るか理由を言うことを心がけたい。

ここに書いたことをできない日もあると思う。ちっとも進化しないと思える日もあると思う。でも「いろいろなことは少しずつしか動かない」という当たり前だけどそうじゃなかったらいいなぁとつい思ってしまうこの言葉を、心に留めて続けて行こうと思う。

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